岡山で開催された「中国5県リレーフォーラム 10年先の中山間地域の姿~地域に残したい大切なモノは何ですか?~」に参加してきました。
金沢大学の林直樹准教授の講演とディスカッション。林先生は中山間地域の農村計画について多くのフィールドワークと提言をされています。
関西にも、中山間地域に多くの集落があります。これから集落がどのような道を進むのか、ヒントを得ようと参加しました。
何度か言及されていたのは、十把一絡げに語らないこと。すべての集落について、「いい事例もあるから心配ない、今を死守すべきだ」でも、「もうどうしようもないから諦めろ」でもなく、個々の集落が自分たちで考え、動けるかが問われるのです。
また、危機を誇張して煽るのも良い方法とは言えません。危機感があまりに高まり過ぎると、絶望的になり考えることをやめてしまいます。
集落の保険
講演の大きな柱は、全体的に人口が減少し、縮小する社会のなか、個々の集落がどうなっていくかは分からないので、保険をかけておこう、という発想。
たとえば田畑の耕作まではできないにしても、荒れて再生不能にならないように粗放的に管理する、とか、集落からほど近くにすむ縁者が、祭りや草刈りには帰ってきて力を発揮する、集落がまとまって麓に降りる(移転する)といった形で、仮にその集落に誰も住めなくなったとしても、地縁や文化が維持されるようにする、というもの。
特に、一度失うと取り戻せない「民俗知」を伝えるための「種火集落」を残し、周辺に移転した集落とともに民俗知を守るという考えは、集落移転のイメージとともに参加者にインパクトを与えたようです。(ではその「種火集落」をどうやって選定するのか、という問題はあり、これは難問です。)
こういった集落の将来を決めるのは、外部の専門家や行政ではなく、あくまでもその集落。だから集落により答えは千差万別です。
では、その判断にあたって留意すべき点は何でしょうか?
「よかった頃」を基準にしない
集落の将来を考えるとき、「以前はあったのに今は無くなったものを取り戻す」、という筋立てではなく、「戻らないことを前提に考える」ことが、今後の具体的な検討の進め方にならざるを得ません。
行政サイドは「ない袖は振れない」と言わざるを得ないし、地域は「行政が何もしてくれない」と言うだけでは枯れてしまうでしょう。
講演では、実際の事例も交えつつ、住民属性を「今も住んでいる人」「今は外に出ている縁者」「外から入ってきて住んでいる、縁者でない人」に分け、その組合わせで集落を8つのタイプに分け、自分たちの集落がどの方向に進むのかをイメージしやすくするチャートが紹介されました。これなら集落が10年先、ひょっとすると30年先を見越した検討ができるかもしれないと感じました。
これからは厳しい時代
今のところ、中山間地域の高齢者も自動車で移動できるケースがそれなりに多く、とりあえずなんとかなっていますが、問題の深刻度はまだこれから増してきます。
そのとき、集落がどのような道を選ぶのか、難しい判断を迫られます。
今までは、社会が豊かになっていき、中山間地域は支援を受けやすかった。でもこれからは厳しい時代。冷静に長期的な視点も加えつつ、集落ごとに将来を考えなければなりません。
村にとって大切なものは何か、というクリティカルな問いを立てなければなりません。
どれも大切、はどれも要らない、とほとんど同じ。難しい問いではあるけれど、これに答えを出すことで、集落にとって大切なものが見えてきます。
実際には、誰もがハッピーな答えを出すには相当ハードルが高いと言えるでしょう。都市部への集中、中山間地域の過疎は、強制されたものではなく、各人の(積極的または消極的な)選択の結果もたらされたものです。
神戸から岡山まで在来線で向かい、車窓から見えるのどかな風景を、いろいろな切り口で眺めてみましたが、あらゆる完成形が考えられ、どれが答えかはわかりません。
これからは、より微に入り細にわたった熟議が求められます。
乗り越えていきましょう。
(ライター:ふろしき)